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2018年6月7日木曜日

私の一人暮らし経験記 その2


おはようございます。

今回は、私の2度目の一人暮らしについて書きます。

その前に…。1度目の一人暮らしの時の貴重な思い出について。私はあの頃、甥っ子と、部屋の前の空き地でよくサッカーをして遊びました。とても良い思い出です。今年、高校受験の甥っ子。今ではサッカー部に所属しています。

では、本題に戻ります。

私は翻訳者としてある程度のキャリアを積んだ後、2度目の一人暮らしを企図したのですが、フリーランスのため、賃貸の契約審査が通らず、諦めかけていました。

そんな時、すごく素敵な物件の大家さんが実は翻訳者の方で、「私の境遇に同情している、審査は軽くして貸して良い」と言ってくださったのです。

その時点で、大家さんが日本翻訳者協会の方であることは想像すべきでした。ところが、うかつな私はそのことには、まるで気づかず、嬉々として新しい仕事場を契約して移り住んだのでした。

私は日本翻訳者協会の忘年会で大家さんにお目にかかって、「新しい家に移ったんだって。良かったね」と言葉をかけていただいたのですが、まさか、その方が大家さんとは露知らず…。大家さんは日本翻訳者協会で重要なポストにある方でした。特に名は秘します。

今回の一人暮らしは豪勢でした。大きな全自動洗濯機を備え、広い寝室や仕事場には額絵を飾りました。炊飯ジャーで米を炊き、料理も自炊しました。夕方には、近くの公園でアコースティック・ギターを練習しました。

たった一つのネックはお隣さんとの関係で、引っ越し当日の夜、荷ほどきをしながら数曲の歌を唄ったところ、翌日、住宅会社さんに、そのことでクレームが入ってしまったのです。

結果として、夜9時以降は一切の音を立てない、というルールが結ばれました。台所でスプーン一つ洗いません。お隣さんには幼いお子さんが二人いらしたのです。お子さんの睡眠のためでした。


2度目の一人暮らしのハイライトは東京で開催されたIJETへの参加です。私の一生の思い出になる経験でした。基調講演の際には、高橋聡先生のお勧めで、最前列に座ることができました。もっとも私は、最初、招待席に座ってしまい、高橋先生に、「馬鹿! おまえ、そこは駄目だ!」と叱責され、「道理で席が良すぎた」とつぶやいて席を移ったのですが…。高橋先生は、「ネタでやったの?」と笑ってくださいました。その他、とても良い経験をたくさんしました。テリーさんにも、糸目さんにも、矢能千秋さんにも、面識を得ました。特に糸目さんとは休憩室で語り合う機会をいただきました。運営のトップに立たれた、キャシー・エーベストさんに感謝しています。

IJETの思い出は、二日目のお弁当が美味しかったことに尽きます。楽しかったけれど、疲労した私は、二日目はお弁当だけ受け取って早々に帰宅しました。帰宅してからいただいた和風弁当の美味しかったこと!

翻訳者としても実務上、様々な経験を積み、実りのある一人暮らしでした。

ただ、とある翻訳会社様から、高難度で、ヴォリュームがあり、かつ短納期のお仕事をお請けしたことをきっかけに、この部屋での暮らしは一気に暗転し、破綻を迎えることになります。

住宅会社の方のご尽力で、ほうほうの体で実家に帰った私は、その後、本格的に始動するまで、長い時間を必要としたのでした。

長くなりました。

良い1日を!

Have a nice day!



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